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【キャスト紹介】青山二郎と芝博文

青山二郎
青山
(あおやま じろう、1901年(明治34年)6月1日 - 1979年(昭和54年)3月27日)
装丁家。高等遊民。中原の飲み仲間。
口癖は「僕は日本の文化を生きているんだ」。
江戸時代から続く大地主の家の出で、かわいがられて育った。
文学、骨董、美術をみる天才。
10代後半で古美術を買い始める。
物を見る目が厳しく、その目で人間も本物かどうか見極めた。
頭もよかった。が、一高には受からなかった。日大には合格するも通おうとしなかった。
おおむね怖いものなしの青山だったが、学歴がないことを酒の場で言われると簡単に泣いた。

生涯働くことなく、装丁や随筆をやりつつ、骨董に囲まれながら暮らす。
中原中也とは小林の縁で知り合う。
また、青山がいた四谷の花園アパートには、新婚当時の中也と孝子が引っ越して住んでいた。
青山を訪ねて小林秀雄なんかも立ち入り、その頃アパートは文学サロン(という名の酒宴場)と化していたらしい。
めずらしく中也を嫌いになることがなかった男。
また下駄屋も詩人も区別しない孝子のことを、「私の接した中原中也」という文章に書き残している。

参考文献は
青山二郎著「眼の哲学・利休伝ノート」講談社文芸文庫
青山二郎著「鎌倉文士骨董奇譚」講談社文芸文庫
白州正子「なぜいま青山二郎なのか」新潮文庫

オノマは高校生のとき「将来のんびりやりたいことだけして暮らしたい」と言っていたら、
母親に「それは高等遊民というのよ」と言われ、
「うちには高等遊民をささえる余裕も気持ちもないからね」と続けて言われ、
それ以来、高等遊民ファンです。
青山二郎は高等遊民界隈の大スターなので、登場させることができてよかった。
あまり知られていませんけど、中原中也と親しかったようです。
昭和7年ごろからの日記には、たびたび中原の名前が出てきます。


芝博文
shiba2.jpg
(鎌倉での芝さん。戸谷さん撮影)

はじめて一緒にお仕事します。
まずネタバレなんですけど、「中也論」をぽやーんと思い描いていたころから、青山二郎役は三役兼任でした。
青山二郎と、富永太郎と、小林秀雄。
と、書いてもわかりませんよね。
それぞれ、才能あるけど見る専門の奴、
色々教えてくれるけど才能で劣った先輩、
友人だったのに女を取っていった批評家、です。

知り合いの俳優さんに、「文豪役で三役できる人探してて~」とお話したときに名前が出たのが芝さんでした。
でもそのときはまだ中也が決まってなかったんですよね。
中也の会話の相手役だし、中也役のかたとちがう個性のかたがいいなぁとそれだけぼんやり考えていました。、
あと背の高い方がいいなぁと。三役とも、史実では背が高かったようなので。

中原中也役が小栗剛さんに決まりそうになり、もう一度青山役を想像してみました。
あ、あの名前出してもらった芝さん、絶対ちがうな。
小栗剛さんと相性いいかどうかわからないけど、とにかくまるでだぶらないな。
それに現代人っぽくないし、前に舞台で見たとき好きな類の演技だったし、文豪にみえるし。
いいじゃん。いいじゃん。

2012-08-12 18.49.42
(稽古場より)

そんな経緯でオファーをださせていただきました。
ちなみに小栗さんとは共演はしていないけれど、同じ役をやったことあるんだそうです。縁ですねぇ。
小栗さんとはやはり全然ちがいます。
小栗剛をサバンナをサバイバルに駆け回っている獣だとすると、
芝さんはもっとマイペース。
荒涼とした土地で、でもときどき駆け回ったりして楽しく暮らしている獣って感じ。

青山、富永、小林、と三役やっていただいていますが、
どれも音程も声も変わらないのに、セリフの色調がちがうので、
オノマは聞いていてたのしいです。
また、芝さんはお芝居の中で下手側にいることがおおいです。
芝さんが気になる方はぜひ下手側にご注目くださいませ。
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